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「スカッとジャパン」を観てもスカッとしない

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むしろ…

皆様、「スカッとジャパン」というテレビ番組をご存知でしょうか。60分枠のバラエティテレビで、実際の体験談を元に、嫌な上司や先生をぎゃふんと言わせるショートドラマが3、4個放送され、そのドラマを観たパネラーがスカッとしたかどうかについてコメントする、といった内容の番組です。

実家に戻ってきたこともあり、テレビを観る機会が増え、その中で知った番組でした。2回ほど視聴しましたが、この番組、私にとって一つ問題があります。というのは、番組をみてもどうもスカッとしないのです。むしろ寸止めをされているような感覚に陥るのです。

復讐劇、嫌なやつにやりかえすといった体験談を聞くこと自体は僕も嫌いじゃないですし(こういう事を書くと嫌なやつのようですが…)、そういった話題について触れている2chやまとめサイトをたまに覗いています。また、少し前に「半沢直樹」が流行りましたが、それも一種のスカッとする話です。そういった意味で、僕が番組を嫌う理由はないはずなのです。

前者と後者の違いはなんなのか。僕なりに考えた結果、3つ理由が思い当たりました。


1.リアリティの欠如

まずは「リアリティの欠如」です。「スカッとジャパン」は実際の体験談を元にドラマが展開されていくのですが、面白おかしくするためか、俳優陣の演技がオーバーに行われています。そのため、「実際にこんな人いるの…?」と一歩下がった目線からドラマを観てしまいます。先ほど例に挙げた「半沢直樹」などは、リアルな世界観の中で物語が展開されるので、自然と感情移入が起こりますし、その中で主人公が現実では到底出来ない立ち回りを遂げるからこそ、スッとした思いに駆られるのだと思います。
もし番組サイドが体験談を実際に募っているのであれば、文章での投稿になるでしょう。すると、どうしても情報量が少ないために脚色という方法が取られるのは自然のことではありますが、その脚色の方向性が茶化す、大げさにするという方向に向かってしまっていることが残念でした。舞台ではないのですから、むしろ現実に近い形でのドラマを視聴したいと思いました。

 


2.なにを重視したいのかわからない

次に、「スカッとする話の質を重視したいのか、量を重視したいのかが明確ではない」という点が挙げられると思います。
先ほど私は体験談をネット上の掲示板を見る、と書きましたが、ほぼ流し読みです。というのも、恨みを持つ相手、シチュエーションというのは似通っている場合が多いためです。
因果関係、そしてテンプレートの状況と異なる点さえ抑えれば、文章の長さにもよりますが1体験談あたり30秒程度あれば十分です。その意味で、私はこれらの体験談を"消費財"とみなしているのだと思います。
「スカッとする話」も、タイトルからも読み取れる通り、体験談を「消費財」とみなしています。従い、ショートドラマはドラマほど人物の関係性、時間軸といったものが全く説明されず、ただ、その事件が起こった周辺のみしかドラマ化しません。しかし、体験談が消費財である以上、私が求めるのは「大量消費」です。その意味で、60分枠で3,4個という数は消費財とするにはあまりに少なく、ドラマとして試聴するには、あまりにも不完全です。言ってしまえば中途半端なのです。

 

 


3.そもそも解決しない

最後に、これはネットの体験談でも同様のことが言えるのですが、「体験談によっては解決していないものがある」ということです。
前回の放送で「本屋で立ち読みをやめないおばさん」がテーマの放送がありました。
Q.
2人組のおばさんが本屋にずっと居座り、雑誌の袋とじを開けようとするなど、やりたい放題しています。本屋の店員である主人公がおばさんたちを注意しますが、全く聞く耳を持ちません。困り果てた主人公。さて、どうなった?
A.
突然小さい女の子がおばさんたちに本の場所を尋ねます。どうやら女の子はおばさんたちを店員さんとまちがえてしまったようであり、母親に謝るよう促されます。しかし、女の子が一言。
「このおばちゃんたち、いつも本屋にいるよー?」

fin.

いやいやいや、なにも解決していないから!その後どうなったのよ!!それで
このように、根本の解決ではなく、マイナスの状態だからこそプラスに見えてしまうことを「スカッとする」とグルーピングしてしまうことに疑問を抱きます。辛いことから立ち直る過程としては勿論それは重要なプロセスでありますが、それは一時的な解決にすぎません。もし、また同じような人が本屋に現れたら、この店員は上手く立ち回れるのか?と考えずにはいられません。

 


あくまでも"一意見"

以上の通り、私はこの番組があまり好みではありませんでした。
これらの体験談を読む・観る上で気をつけなければいけないことは、「あくまでも一方からの意見にすぎない」ということです。
例えば、見習いのコックがいたとします。この見習いは早く自分の料理を作りたいのに、料理長はずっと皿洗いばかり命じます。しかも、折角洗い終わっても「洗い方が雑すぎる、洗いなおし」と言われることも日常茶飯事です。
この話だけを聞くと、料理長は嫌なやつに見えます。しかし、料理長サイドの考えはどうなっているのでしょう。料理長は、見習いに皿洗いをする中で、自分の料理法を盗んで欲しいと思っているかもしれません。また、一つの職場すら完璧に全うできない人は料理を作ってもこだわりを持てない、という考えから完璧に業務をこなす姿勢を見習いに身につけさせたいのかもしれません。
こういった事情を踏まえると、先ほどの物語の見え方が変わってくるのではでしょうか。
これと同様のことが体験談でも起こりうるのです。体験談はあくまでも体験者を通して観た事実でしかありません。それに無条件に同意することは、視野を狭める事に他なりません。

今まで私は番組に関する私見を書いてきましたが、あくまでもこれらは私から観た番組像でしかありません。番組が続いている以上、この番組を好む人も多くいることもまた事実です。私も自分の意見一辺倒ではなく、この番組の長所についても目を向けなければなりません。

 

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