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後輩に"残す"ということ

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「4月」と聞くと何が想起されるだろう。入学式、花粉症、お花見…。いろいろあるだろう。

私達大学生にとっては、"新歓の季節"だ。

 毎年、各サークルが新入生の確保に奔走する。僕が所属しているサークルもその例外ではない。歌のサークルなので、新入生に向けたコンサートや、一緒に歌を楽しんでもらう企画などで新歓活動を行っている。

 僕たち4年生は名目上引退しているので、歌の指導、発表を行うのは主に後輩たちなのだが、その後輩たちの姿にフラストレーションを感じている同期が多くいるのだ。「自分たちが執行期の間に伝えたことが伝わっていない」「私達はなにを残せたのだろう」といった具合だ。

 言わんとすることはわからないでもないし、自分自身思うところがないわけでもない。しかし、上記の意見に共感はしない。もし、僕が後輩の立場であったら「うるせーよ」である。自分たちは自分たちなりに一生懸命やっているし、あれこれ考えている。それを引退気取りの先輩たちにあれこれ指図されたくはない。どちらもサークルのことについて真摯に考えているはずなのに生まれてしまうすれ違い。これほど悲しいことはない。何故このようなことが起こってしまうのだろうか。

 僕は、「後輩この後輩に残すという言葉、に残す」という言葉が原因だと思う。正確に言うと「残して"あげる"」という態度だ。
 正直、僕は後輩になにを残してあげようと思ったことはない。それはあまりに傲慢な態度であると感じるからだ。自分が残そうと思っていることは、もしかしたら誤りであるかもしれない。先輩といっても、たかだか1,2年の差しかないのだ。間違ったものを後輩に残してしまった場合、それは後輩たちの財産とはなりえない。むしろ成長の足枷となってしまう。
 それに、「残して"あげる"」とは、ずいぶんと上からの物言いである。残して"あげられる"だけの絶大な知識量があるのか。同じ"表現者"である、という土俵の上においてそのような認識では、一緒に創りあげるものも創れなくなってしまうのではないか。
 また、僕達の代にしても、一つ上の代から受け継いだことはなにか、と言われて答えられる人は果たしてどれくらいいるだろうか。むしろ一つ上の代を否定する見方が多い。先輩の価値観を自分の価値観の物差しで測り、評価しているという点で、僕達の代は先輩から「残してもらった」ことはないのではないか。一つの価値観を切り捨てているのだ。先輩の価値観を切り捨てた僕達が後輩に何かを残そうなどとはなんともおかしな話である。自分たちの価値観からは見えていないところが後輩には見えているのかもしれない。そして僕達が見えていない価値観こそ、今、後輩たちが大事にしているポイントなのかもしれない。そう考えたことはないのだろうか。

 ここで勘違いしてほしくないのは、後輩にアドヴァイスをしたり、後輩に自分の考えを伝えること自体を否定しているのではない。「後輩が間違っている事が多い」という命題は多くの場合真であることは事実であるし、ポイントを知っているか知らないかだけで曲の完成度が大幅に改善されることもまた正しいことであるからだ。僕が言いたいことは、「後輩とフラットな目線で対話するべきだ」ということだ。

 僕は時々、後輩からフィードバックを求められることがある。その際に、僕は必ず相手の意志を確認するようにしている。「今の演奏は自分たちの中で何点だった?」「Aメロのここでこのように歌っているけど、それはなんで?」といった具合だ。そこに明確な理由がない場合は、自分の意見のみを述べる。理由がある場合は、その理由とからめたフィードバックを行い、相手の意見を無下に否定しない。いわゆる「Yes, and ..」だ。
 他にも例を挙げよう。今回の新歓コンサートにおいて、特別企画の合唱で指揮を振らせていただく機会がある。その練習の際に、コーラスの縦が指揮とずれてしまう場所があった時、普通は一括りに「みんなが指揮を見ていない」と考えがちだ。しかし、サークル員それぞれと対話していくと、「指揮のポイントのタイミングがわからない」と言った指摘がもらえたのだ。結果としてその箇所を大幅に改善することが可能となったのだ。大衆を外側から眺めているだけではいつまで経っても根本的な解決方法には至れないのだ。

 「後輩」という大きな括りで外側から眺めているばかりではなく、後輩とフラットな視点に立った上で、一人ひとりと対話し、自分の思いについて意見を交わすこと。これこそが先輩として、いや、サークル員としての我々に求められている態度なのではないだろうか。一方的に意見を押し付けるだけでなく、後輩たちが思っていることを、後輩たちの意志を汲み、その上で持論を展開する。相手の話を聞く。このほんのちょっとの気遣いで両者の溝というものは解消されるのだ。

 僕の親友に常山という男がいる。彼は(本人は否定しているけれども)面倒見がよく、後輩とバンドを沢山組んでいる。そんな彼と同期が感じている後輩に関する不満について話した。すると、彼は「悩むくらいならとにかく行動に移せばいいのにね」と言った。
 大それたことでなくともよい。あーだこーだと文句を言っておらずに、自分の出来る範囲で、出来ることを、出来ることから"やってみる"。その行動こそが真に後輩に伝えるべき先輩の姿だろう。

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