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同じ「病院」でも異なる文化

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国によって制度が違う

「自分の常識を疑え」とは最近よく聞く言葉ですが、それを実感させられた記事を読んだので紹介させていただきたいと思います。

近日、韓国でMERSの感染拡大が騒がれています。政府の対応が後手後手にまわっている、感染源がヒトコブラクダの疑いがあるなどの情報が連日報道されています。

さて、このMERSですが韓国での感染流行は院内感染が主であるとの情報があります。そして、その院内感染の主な原因は、韓国の医療システムに原因があるというのです。以下、引用です(太字部筆者注)。

韓国の病院では看護師は点滴などの医療行為しか行わないため、入院患者の身の回りの世話は家族が泊まりこみで行うという習慣がある。都合がつかない場合、家族は看病人と呼ばれる業者を雇う。

 

(NewsWeek 第30巻23号 "MERS感染の意外な「容疑者」より

このように、感染者の近くに長時間存在するシステムが構築されているために、感染の拡大が起こっているというのです。日本でも近親者が身の回りの世話などは行いますが、夜通しで世話をするケースは稀ですし、看護師も世話を行ってくれます。

同じ「病院」という言葉、施設が存在していても国によってその制度が全く異なっているのだ、という事に気付かされたよい例でした。


相互理解のために

以前に「言葉のキャッチボールは成立するの?」というタイトルで記事を投稿しました。ここで述べているように、我々は同じ言葉を用いていてもその定義というものは一人ひとり異なります。例えば「りんご」という共通の単語を用いていたとしてもA君は"青森産のりんごが美味しい"という意味付けをしている一方でB君は"ポリフェノールが含まれている果物"という意味付けをしているかもしれません。

先ほどの事例もまさにこの話と同様で、我々日本人がMERSの報道を考える際には日本の病院を想定して話を聞くのではなく、韓国のルール・慣習を把握した上でニュースの情報を紐解かねば理解は生まれないのです。

この記事を読むまで私はいわゆる洞窟のイドラにとらわれていた状態でした。自分の経験という偏見に囚われていた状態だったのです。

冒頭で述べたように、「自分の常識を疑う」という切り口、スキルを求める機運が高まっています。この言葉は新たなアイディア・イノベーションを起こすという文脈で用いられますが、私にはむしろ相互理解のために必要不可欠なスキルではないのか、と思えます。ダイバーシティな環境になっている昨今においては自分のイドラに囚われない態度が益々必要となってくるでしょう。


 

記事を引用した雑誌が発売されたのは6月9日ですが、MAERSの驚異は現在も収集がついていません。隔離者累計が1万人を超えるとの報道もあり、今後も予断を許さない状況と言えるでしょう。一刻も早い解決を願うばかりです。

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