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「言葉のキャッチボール」は成立するの?

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今日の授業がちょっとおもしろかったから、折角なので紹介します。

会話はキャッチボールなの?

「会話はキャッチボールである」

この比喩は誰もが一度は聞いたことがあると思います。聞いたことがないにしても、直感的に理解できるのではないでしょうか。

言葉=ボールと見立てるのであれば、確かにキャッチボールです。「言葉のキャッチボール」とは、言葉というボールを会話という手段を用いて輸送、伝達しているということになります。

しかし、果たしてこれは正しいのでしょうか?

先の定義に則ると、言葉のキャッチボールは、記号としての"コトバ"と意味内容としての"言葉"が一体で、言葉がそのまま伝わるという意味になります。

ちょっとわかりづらいですね。"コトバ"とは、例えばこのブログの文章などのことです。この文章はサルからみたらただの黒いしみにしか見えません。しかし、日本人がこの黒いシミの一群を文章だと認識し、解釈することではじめて意味を持ち、"言葉"となるのです。

つまり、もう一度言い直すと、言葉のキャッチボールとは、僕の声帯を震わせて出た音の組み合わせ("コトバ")が、すでに言葉としての意味を持っており("言葉")それが輸送、伝達しているということです。

これはよくよく考えたらおかしいことなのです。上にあげたブログの文章の例で理解した方もいるでしょうが、僕達から発せられている言葉そのものにはまだ意味がなく、それを受け取りて側が解釈してはじめて意味が生まれるのです。図にするとこんなかんじ。

規範モデル

そして、受け取り手側の解釈とは、各人が持っている規範に依拠します。例えば、ファミレスで食事をした後にレジでお金を払うのは、お金を払うことで対価として食物を得るという"規範"を共有しているからです。
しかし、この規範は本当に共有されているのでしょうか。コトバ(さっき出てきましたね。言葉じゃありません)の意味が一字一句、全く違わずに共有されていることはあるのでしょうか。

例えば「塩こしょう」ってなんですか、という投げかけをしてみましょう。
大抵の人は「料理に使う調味料」「しょっぱい」「塩と胡椒が入ってて便利なもの」といった回答をするでしょう。
しかし、もっとなにかないか、と掘り下げてみるとこんな回答が出てくるかもしれません。

「イタズラに使う道具」(鼻にまくとちょうどいいんだよね)
「おばあちゃんの料理の味」(おばあちゃんいっつもこれしか使わない)
「アレルギーを引き起こす原因」(こしょうがダメなんですよ)

これらの意味は、このブログを読んでいる皆さんの"シオコショウ"という言葉に最初から含まれていたでしょうか。含まれていないものもあるはずです。このように意味は情況によって変わってくるものであり、最初から言語のコード表の中に存在していたものではないのです。

では、人間のコミュニケーションはどのように説明が出来るのか。
というのが来週のお話らしい。楽しみ。

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